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□ 聖職者みうの冒険 第二章 □

ブリテン第1銀行の前は多くの人で賑わう。
歓談する者、歌を歌う者、見慣れぬ動物を売りに来る者、スライムに化けて走り回る者……

「こりゃすごい。

珍幻斎は都会は初めてらしい。

「ここのヒーラーハウスに来るのが私の夢だったんです。

「そういえば聞いたことがあるぞ。
「ブリのマスターヒーラーの治癒能力とアンデッド撃退力はブリタニア随一だと。

メインゲートをくぐると、ヒーラーハウスはすぐ目の前だ。

「何か、銀行前と雰囲気が違うな。

「そうですね。入ってみましょう。
「――こんにちは……

ドアを開けたふたりの目にとびこんできたのは、半死の怪我人に手を当て、気を送って治療を続けるブリのマスターヒーラー、RainBellの姿であった。
怪我人も何とか一命を取りとめたようだが、RainBellはかなり疲れているように見えた。

「お待たせしました。RainBellと申します。

「みうといいます。お会いできてうれしいです。
「こちらはエロジジ……珍幻斎さん。
「あの人、どうなさったんですか?

「西の三叉路で倒れていたそうです。
「オークに襲われたんじゃないかって、みなさんおっしゃってました。

「オーク?

「三叉路を北に行くと、オークの砦があるんです。
「噂によると、最近オークたちが狂暴になっており、その結果、ここに運ばれてくる人たちが後を断たなくって……
「あ、ちょうどいいところに。

その時、全身を青い鎧でかためた、若く凛とした男が入ってきた。

「オーク討伐のために、聖なる騎士をお呼びしたんです。
「ご紹介しましょう、青の騎士さんです。

「ええっ……聖騎士さまですか?

またまたみうの目は はあと に変わり、踏み切りの警報機のように左右で点滅し始めた。
みうにとって”聖騎士”と言う響きは”ジャニーズ系”と同等なのだ。
珍幻斎はあきれ顔で眺めていたが、ふと騎士の持つ剣に目をやった。

「ほう、聖剣エクスカリバーとは。
「おぬしただ者じゃないな。

「ご存知なんですか。
「あなたもただのご老人じゃないですね。

「まあな。
「……じゃが、その剣、かなりくたびれておる。
「もはや修理も効かんじゃろう。

「ええ。そろそろ代わりを見つけないと……
「でもこの剣に変わるものはなかなか……

「じゃろうな。
「どうじゃ、わしらは宿に泊まるが、一杯行かんか?

「いいですね。

一同はRainBellと別れて、宿屋に向かった。

「ビール2つ。

「私はミルクで。

飲み物が来るまでの間、3人は一息ついた。

「その剣もういっぺん見せてくれるか。

青の騎士はエクスカリバーを珍幻斎に渡した。

「あと1回戦えるかどうかじゃな……リフレッシュ!

珍幻斎は剣に魔法をかけた。

「これで少しはもつじゃろう。

「お爺さん、魔法使えるの?

みうがびっくりして聞いた。

「この年では格闘家としてやっていけんから、初歩の魔法を身につけたんじゃ。

「その魔法、自分にかければ、私にキスを迫る必要もないと思うけど。

「自分には効かないんじゃ!それができるなら一点集中でかけとるわい!

「オークたちはたいてい集団でいるから、おぬしがいくら強くてもその剣じゃ、もたんぞ。

「そうですね。
「まあオーク相手ならそれほど良い剣じゃなくてもいいんです。
「ただ奴等が踊り出すと面倒ですね。

「オークダンスか!

「そう、見たことありますか?よくデルシアの近くで踊ってたりするでしょう。
「ターゲットにされると、すべての能力が体から抜けていくそうですよ。

「確かにあれはやっかいじゃな。
「しかし、あれは効果が出るまで時間がかかるから、その前に叩けばいいのじゃ。

「でも大勢で来られると間に合わないですよ。

「オークが踊らないように、何か考えればいいのね。私たちも何かお手伝いします。

「よし、ふたりとも後でわしの部屋にきなさい。作戦会議じゃ。

「オークが踊らないようにするには、どうすればいいのかしら。

青の騎士がまだ来る前に、みうは切り出した。

「簡単なこと。オークの気をそらせばええ。

「そらすって?

「色仕掛けじゃよ。みうがオークに化ければいいんじゃ。

「私が?
「……どうやって?

「オークの外見上の特徴は何か?オーク、すなわち豚じゃ。
「と、いうことは……

珍幻斎はポケットから紐付きの針金細工を取り出し、みうの目の前で振ってみせた。

「GM細工師に作らせた逸品じゃ。
「これを鼻に引っかけて、上に引っ張れば、豚鼻になって……

「ちょ、ちょっと待って!
「じょ、冗談ですよね……

「わしは大真面目じゃ。

「いやです、そんなの。

「いいからそこに座れ。

珍幻斎はみうを椅子に座らせると、老人とは思えぬ電光石火の早ワザで針金細工をみうの鼻に引っかけ、紐をぐいぐい引っ張った。

「やだー!信じらんなーい!

「多くの人が救われることを思えば、これくらい何じゃ!
おまえには献身の徳が足りん。これも修行じゃ。

「ぜーったい、違うと思う!

そのとき、部屋の扉を開けて、青の騎士が入ってきた。

「み、みうさん……!

「きゃああああああああああああああ!

「みうさん……そういう趣味があったんですか?

「……違います!
「いやー!見ないでー!出てってくださいー!

「青よ、名付けてセクシーオーク作戦じゃ。
「ほれ、みう!よーく見てもらえ!恥ずかしさを克服するんじゃ!

「いやー!許してー!

「あたしは恥ずかしいメス豚です、ブヒ、ブヒ……って言ってみい!

「何がブヒ、ブヒよ!

「珍さん、もうそれくらいに……

「いいや、まだ全然徳が足りん。
「よし、今度はこの顔で、銀行前で素っ裸になって……

「いいかげんにせんかい、この変態ジジイ!

「あっ!みうさんがキレた!

「ギャラクティカッッッッッッッ……(十分ためて)
「……マグナムーーーーーーーーー!!!!!!

「まったくもう、あんな変態見たことないわ!

三叉路をひとりで歩くみう。
まだ怒りが収まらないようだ。

「あんな姿見られたら、私もう、お嫁に行けない……

聖職者なんだから、別にそれでもいいのだが……
珍幻斎は、まだ地球の周りを回っている。
青の騎士にはさすがに顔を会わせたくなくて、ここまでひとりで来たのだ。

「オークダンスを封じるには、まずこの目で見てみないと……
「あ、いた。

オークの群れを見つけて、みうは急いで草むらに隠れた。
オークたちは気分よさそうに踊っている。

「あれがオークダンス……

流れるような動きに見とれるみう。
だが突然オークたちは、一斉にこちらを振り返った。

「……見つかった!

逃げようとした瞬間、背後にドス黒いものを感じて、みうはその場に立ちすくんだ。

限りなく邪悪なオーラを背中に感じて、みうは思わず後ろを振り返った。

「……リッチ!

アンデッドの王リッチ。
それもただのリッチじゃない。
小さい頃、アンデッド事典で見たことがある。
記憶に間違いなければ、あれは伝説のリッチ、ラシアリ!

「どうしてこんなところに……
「賢者様によって倒されたはずじゃ……

リッチが放出する圧倒的なパワーの前に、みうは蛇に睨まれた蛙状態だった。

やられる――

そう思う間もなく、巨大な雷撃がみうの体を貫いた。
前門のオーク、後門のリッチ。
遠のく意識の中で、みうは助かる可能性は万にひとつもないと観念した。

「あ、起きた。
「父ちゃん、お姉ちゃんのお目覚めだよ!

閉ざされていた意識の扉がゆっくりと開き始めた。
暗闇の彼方に一条の光が現われ、徐々に広がっていく。

「危ないとこだったね。
「僕たちが気づかなかったら死んでたよ。

意識がはっきりしてきた。
それと同時に、自分がどこにいるかも理解できて、みうは飛び起きた。

「大丈夫だよ。リッチは追い払ったから。

子供らしきオークが、人懐っこい笑顔を浮かべながら言った。
ここはオークの家らしい。みうはベッドの上にいる。
雷撃のショックからか、体が思うように動かない。

「気がついたか。あの雷撃を食らって、よくその程度ですんだな。
「ミルクでも飲むか?

ダンスの中心にいたオークだ。
父親らしい。
精悍な感じだ。

「俺はオークの長、Sornaraughだ。
「こいつはTrilug。

……みうは覚えられなかった。

「あなたたちは、人間が嫌いなんじゃ、なかったんですか?

「若い頃は嫌いだった。
「別に今でも好きなわけじゃないが。

オーク坊やは家の中を走りまわっている。

「俺達も昔は人間相手に暴れたもんだ。何人半殺しにしたかわからん。
「俺の親父もそうだったし、ずっと昔からそうだったんだろう。
「人間は敵だ、物心つかない頃からそう教えられてきたし、この年になるまで疑いもしなかった。
「だが……

オーク父ちゃんは息子に目をやった。

「俺はこいつにも教えようとしたんだ。人間は敵だと。
「その時こいつは何て言ったと思う?

「……

「どうして?
「……って言ったんだよ。
「何かされたの?……って。
「で、俺は考えた。
「そういえば俺達が争う、もともとの原因は何なんだ?
「……お前は知ってるか?

「え……
「それは……

「もちろん大昔に、何かきっかけがあったんだろう。
「だが、俺達はそれが何であるか知らない。
「ただ憎しみだけが継承されているんだ。
「俺は悩んだ。 「別に俺達はもう、どうでもいいが、まだ何も染まってないこいつに、とにかくあいつらを憎めとは言えなかったんだよ。

オーク父ちゃんは一息ついた。

「そういうわけで、俺自身も人間を憎むのはやめた。
「こいつの為にな。

「最近、ブリの人たちがよく襲われているそうです。
「みんなリッチの仕業なんですか?

「良くは知らんが、俺達は意味なく人間を襲ったりしない。
「向こうから仕掛けてきた場合は別だがな。それでも2、3発ぶん殴る程度だ。
「……奴がポリモフを使って、俺達に化けてたのかもしれんな。

「私たちがずっと憎み合ってきたのも、あいつのせいなのかしら。

「それはどうかな。
「俺達は太古の昔から憎み合ってきた。奴はそれを利用しただけだと思う。

「奴の目的は何?

「最終的には人間を潰す気なんだろうが、俺達のことも邪魔だと思っている筈だ。
「オークダンスのおかげで俺達は襲われないからな。目の上のたんこぶってわけさ。
「だから俺達を犯人に仕立てて敵対させれば……

「……私、帰ります。
「みんなに真実を伝えないと。

握手を交わしながら、オーク父ちゃんは言った。

「人間たちが真実を知ったとしても、明日はまた敵同士かもしれん。

「あなたがそれを望んでいないのなら、未来は明るいはずです。

みうはブリに向かって歩き出した。
何となく名残惜しくて振り返ると、オーク坊やが飛び跳ねながら両手を振っている。
みうも手を振った。
もう彼らに会うことはないだろう……
そう思うと急に涙が出てきた。

オークたちの仕業でないことはわかった。
だからといってオークと人間が今日から手を取り合って、という訳にはいかないだろう。
長い年月の間には、とり返しのつかないようなことも、少なからずあったに違いないのだ。
だがオーク父子を見ていると、長い平行線の歴史が終わるのも、そう遠くないような気がしてきた。
我々人間は、彼らの想いに応えることが出来るだろうか?

「できるよね、きっと……

みうは楽観主義者になることに決めた。
……今はそれよりも、リッチをどうするかだ。
アンデッド退散は本来聖職者の仕事だが、相手がラシアリとなると、みう一人では到底歯が立たない。
RainBellの手を借りるしかない。
みうはブリに戻ると、ヒーラーハウスに直行した。
ヒーラーハウスは人で溢れていた……RainBellを除いて、半分は虫の息……残り半分は死人だ。

「何よこれ……

目を覆う光景に、みうは思わず立ちすくんだ。
みうに正体を見られたリッチが、本気で人を襲い始めたのか?

「あ、みうさん……

瀕死の患者に気を送るRainBell。
疲労が限界まで来ているのは、誰の目にも明らかだった。

「私もお手伝いします。

みうはRainBellの横に並んで、一緒に気を送り始めた。
治癒能力だけは一人前だ。
……私のせいなの?
……みうは心穏やかではいられなかった。
彼女はオークを探しに行って、たまたまリッチに出くわしただけだ。
だが、リッチはみうが聖職者であることを、直感的に感じ取ったに違いない。

「ありがとう。
「今日はオーク達、よほど虫の居所が悪かったのかしら。死人が出るなんて、ここしばらくなかったのに。

RainBellの穏やかな顔が、一瞬険しくなった。
彼女はまだ真相を知らないらしい。

「……許せないわ。

みうは黙って気を送り続けた。

治療を終えて、みうは椅子に座り込んだ。
かなり体力を消耗したが、当然RainBellは彼女の比ではない。

「さすがに疲れたわ。
もう今日は勘弁して欲しいな……って、まだ午後3時じゃない。

みうは悩んだ。
RainBellも、オーク相手なら戦士に任せておくが、相手がリッチとなれば自分が戦うと言い出すに違いない。
実際彼女の力をもってすれば、並のリッチなら一撃だろう。
だが相手はラシアリである。
今の彼女の体力では無理だ。
第2の方法は、青の騎士だ。
通常の戦士にはアンデッド特効の力はないが、彼には聖剣エクスカリバーがある。
何度も切り付ければ、勝つことは可能だ。
しかし、あの剣はもう寿命が……
みう自身はどうする?
また怪我人が運び込まれてくるかもしれない。
ここにいてRainBellを手伝うべきか?
色々考えた結果、みうはある結論に達した。
私がやるしかない。曲がりなりにも聖職者だ。
ラシアリを倒せるわけはないが、別に倒さなくてもいい。
追い払えばそれでいいのだ。
リッチはオークが苦手……ならばオークに化ければいい。
その方法は……

「私、帰ります!

みうはRainBellに会釈だけして、急いでヒーラーハウスを出た。

「みうさん……今あなたの心を読ませてもらいました。
「早まらないでね。
「間に合うといいけど……

RainBellは目を閉じ、肩の力を抜いた。
彼女を覆うオーラがゆっくりと消えていく。
瞑想が始まったのだ。
みうは宿に向かった。
強い決意が彼女の背中を後押ししていた。

「お爺さん、さっきの変な針金貸して下さい!

突然部屋に飛び込んできたかと思うと、とんでもない事を言い出すみうに、珍幻斎と青の騎士は、思わず顔を見合わせた。

「何じゃ。
「今度は自分でやるつもりか?

「オークに化けるんです!

狐につままれたような顔の二人に、みうは一部始終を話して聞かせた。

「なるほど。
「そういう事なら喜んで貸してやろう。

「珍さん!なに言ってるんですか……

「みうよ。まさか自分で紐を持ったまま戦うわけにはいかんじゃろう。
「これを首にはめるんじゃ。

珍幻斎は犬の首輪をみうに手渡した。

「首の後ろに輪がついとるじゃろう。ここに紐を縛り付けて固定するんじゃ。

「こんな物まで用意してあったんですか!

青の騎士はあきれ顔だ。
みうは言われた通りに首輪をはめたが、さすがに針金を自分の鼻につけるのはできなかった。
珍幻斎は手際良くみうの鼻を吊り、首の後ろで紐を縛ると、みうを鏡の前に連れて行った。

「ほれ、できたぞ。
「ハの字型した、きれいな鼻の穴じゃのう。正面から丸見えじゃ。

一瞬、みうの頬が赤く染まったが、すぐに真顔に戻った。

「何を言われても平気です!これ以上犠牲者を出さないために、これが必要なんです!

みうはそう言って珍幻斎を睨んだが、青の騎士の視線に気づくと、あわてて顔を背け、逃げるように部屋を出ていった。

「ああ、行っちまった……

「どうするんですか?みうさん本気ですよ……

「うーん、どうかの。
「リッチを倒すというのは本気じゃろうが、オークに化けるのは無理があるぞ。
「リッチは口実で、実は豚鼻にして欲しかったのかもしれん。
「ついに目覚めたか?いやはや最高のおもちゃじゃのう。

「また、そんなこと……

「実際問題、あんな子供だましがリッチに効くと、本気で思うほど頭は悪くないはずじゃ。

「いろいろ考えて、答えが出なかったんですよ。
「思いつめた結果、藁にすがる思いで……

「疲れきったRainBellと、もはや寿命のエクスカリバー、どっちもラシアリを倒すまではいかんじゃろう。
「だからといってあいつが行ってもどうにもならん。
「最悪の選択じゃ。

「珍さんは、どうするべきだと思いますか?

「エクスカリバーの出番じゃ。
「寿命なのは、わしの魔法で何とか延命する。

「相手はラシアリですよ。いくら聖剣でも倒すまでには、相当切りかからないと。
「もちますかね。

「答えは神様が知っているはずじゃ。
「……そろそろ、わしらも行くか。
「無鉄砲娘の尻拭いも楽じゃないのう……尻を触るのは好きじゃがな。
「勝ったら、二人でみうの生尻を、思う存分撫で回してやろう。

ブリ西三叉路を過ぎたところで、みうは立ち止まった。

「うまくだませるかしら……

宿を出た時の、はちきれそうなテンションは、すっかりしぼんでしまい、代わりに弱気の虫が、猛烈な勢いで繁殖し始めた。

「そうだ。オークダンスを踊れば完璧よ。

しかし、運動神経ゼロの、みうの踊りは、太極拳よりもスローであり、ラジオ体操よりも味気なかった。

「……なんとかなるわよね。

再び歩き出すみう。
しばらく歩いたところで、覚えのある、冷たく邪悪な気が、みうの背中を襲った。

「……出た!

振り向くと、先ほどのリッチが、既に戦闘モード全開で立っている。
その迫力に、みうは思わず後ずさりした。

――みう、落ち着いて。
オークだと思わせればいいのよ――

「……ハーイ、ワタシ、オークノ、メスデス。

何の根拠があって、片言になるのか?
リッチはしばらくみうの顔を見ていた。

――だませたかな?

……そんなわけがない!リッチは暴れ始めた。

「えーん、やっぱりだめ?

当たり前である。

「こうなったら、最後の手段……逃げるしかないわね。

あっさり退散するみう。
何しに来たのだ。
リッチも後を追ってくる。

「怖いよー!助けてー!

運動神経ゼロでも、逃げ足だけは超人的に速い。
三叉路まで戻ったところで、珍幻斎と青の騎士に出くわした。

「みう!助けに来たぞ!

「あっ!ここにもリッチが!

「誰がリッチじゃ(怒)

「みうさん、下がって!あとは任せて下さい。

青の騎士はエクスカリバーを抜くと、みうとリッチの間に割って入った。

「エクスカリバーよ。お前と心中かな?

青の騎士は剣を両手に持って、ゆっくり大上段に構えたかと思うと、次の瞬間にはリッチ目掛けて飛び掛かり、渾身の力で肩口に振り下ろしていた。
リッチも慌てて飛び退いたが、足元が大きくふら付いている。

「効いとるぞ!
「流石じゃな、青よ。わしの動体視力をもってしても、まったく見えんかったぞ。
「だが剣の消耗も激しいな。
「リフレッシュ!更にリフレッシュじゃ!

リッチは体勢を立て直すと、呪文を唱え始めた。

「Vas Ort Flam!-- Corp Por!

高密度に凝縮されたエネルギーの矢が、青の騎士を直撃する。
同時に大爆発が起きると、青の騎士はたまらず膝をついた。

「くっ!

「さすがに魔法は強烈じゃな……
「みう!何をボケッとしてる!回復じゃ!

「は、はい!

みうは青の騎士に気を送り始めた。
今のところ勝負は互角だ。

「みうよ、この勝負どうなると思う?

「え?

「エクスカリバーはもう寿命じゃ。
「思った以上に敵が強すぎる……

「……RainBellさんにも来てもらえば良かった。
「みんなで一緒に戦えば……

「お前さんは二つの選択肢、AとBのどちらが正しいのか散々悩んだ挙げ句、無意味なCを選んでしまったんじゃな。

「頭を冷やして考えれば、A+Bという選択もあったという事に、当然気付いたはずなのに……

「残念ながら、A+Bも正解にはならん。
「ここに来る前にRainBellの様子を見てきた。
「必死に瞑想していたが、見たところ、まだ20%くらいしか回復しておらんかった。
「今来ても、一緒に戦うだけの体力はあるまい。

「……

「じゃが、彼女は来るじゃろう。
「正しい答えを持ってな。

青の騎士とリッチの戦闘能力はほぼ互角であったが、
エクスカリバーの使用回数制限は、予想以上に大きなハンデとなっていた。
敵の攻撃を剣で受けるわけにはいかない為、かわしながら斬りつけるようになるが、踏ん張る事が出来ない分、与えるダメージも小さい。

「まずいな。
「わしの魔法にも限界があるぞ。

「どうしよう……私が早まったばっかりに。

そのとき、RainBellが三叉路の方から走ってくるのが見えた。
力強い足取りではない。

「大丈夫ですか?

「瞑想して、必要最小限の回復をしてきました。

「RainBellよ、どうする?

「ラシアリはリッチの王。
「今の私の体力では、ディスペルするのは無理です。

「じゃあ、もう駄目なんですか?

「エクスカリバーにディスペル属性をつけます。

「?

「あの剣はもともと聖剣。アンデッドに絶大な効果があります。
「だから、私の持てる力すべてをあの剣につぎ込めば、相乗効果で……

「斬りつけた瞬間に、全エネルギーを放出させる。
「一撃にすべてを賭けるのじゃ。
「その代わり、やり直しは効かんぞ。急所を外したらおしまいじゃ。

「青さんなら、きっとやってくれるでしょう。

「みうよ、もうわかったじゃろう。正解はA×Bじゃ!

「例えば、Aのステータスが50%、Bも50%としよう。
「もちろん単独では50%の力しか出ない。
「A+Bでも100じゃ。
「だが、A×Bにすれば2500。
「何と25倍にもなるのじゃ。

「……あれ?

「何じゃ?

「Aが0.5、Bが0.5なら、A+B=1だけど、A×B=0.25ではないでしょうか?
「逆に減ってしまいますけど。

「……みうよ。

「はい?

「……お前はどうして、せっかく盛り上がってるところに水を差すんじゃ。

「ご、ごめんなさい。

「あとでおしりペンペンじゃ。

「お尻ペンペンは、あとで二人きりの時に好きなだけやって下さいね。
「まだ解決すべき問題があります。

「……何じゃ?

「剣にチャージするのに、1分ほど時間がかかります。
その間に剣を使ってしまうと、貯めたエネルギーが出ていってしまうので、チャージしている間、何とかリッチの動きを止めなければなりません。

「青よ!なんとか剣無しで戦うんじゃ!

珍幻斎は青の騎士に向かって叫んだ。

「ムチャ言わないで下さいよ!
「何処にそんな余裕があるんです!

「しょうがないのう……みう、踊りじゃ!

「え……裸で?

「誰もそんな事言っとらん!

「いつものように、裸で踊ってリッチの気をそらせ!
「……とか、言うのかと思った。

「そんなことしても、一番気が散るのは珍さんですからね。
「みうさん、また真に受けたりしないで下さいね。

「おぬしら、いいかげんにせい!
「わしが言いたいのは……

その時、突然背後で、風がリズムを刻み始めた。
と同時にリッチの動きが止まった。

「?

思わず振り返ると、そこには踊るオークの一団がいた。
みうは、反射的に2つのモンタージュを探し始めた。
見覚えのある親子を見つけるのに、そう時間はかからなかった。

「オーク父ちゃん!
「……坊やも!
「来てくれたのね!

「オークダンスはターゲットされた者の能力を徐々に奪っていくんじゃ!

その後オークは、みうたちのいる舞台を囲むようにして、あらゆる方向から増え続け、いつしか輪になって、華麗な舞いを披露しているのであった。

「リッチの動きが止まったわ
「苦しんでる!

「面食らってるだけじゃ!
「こうなった以上、奴にとって長期戦は不利じゃから、体勢を立て直したら一気に暴走し始めるぞ。
「その前に叩かんと!青よ、早く戻れ!

青の騎士は、急いで戻ってきた。

「青さん、大丈夫ですか?

「さすがに強いです。
「打撃も魔法も、レベルが違います。

「じゃあRainBell、頼んだぞ。
「みうは、青の回復じゃ「

RainBellは目を閉じて、青の持つ剣に気を注入していく。
静かな、それでいて強固な意志を持ったエネルギーが、RainBellの体内から剣に移動しているのが、はっきり分かった。
みうは、最後はRainBell自身も、そのまま剣の中に溶け込むんじゃないかと錯覚した。

「凄い冷たい気ですね……

「破邪の気は冷たいんじゃ!
「お前の、ゾンビ1匹やっと倒せる程度の気では、何も感じないじゃろうがな。
「回復の気が暖かいのは、わかるじゃろう?

「……あっ!
「剣が光り始めた。
「きれいな銀色……

「銀は浄化の色じゃ!

エクスカリバーの輝きは徐々に加速していく。
陽はほとんど沈みかけていたが、剣1本であたりは昼間のように明るかった。

「凄い!凄いパワーだ!
「持っているだけで、背中がゾクゾクしてきます。

RainBellが静かに目を開けた。
自分の仕事を終えて、菩薩のような穏やかな顔である。

「これで全てです。
「青さん、頼みましたよ。

「了解です。
「……エクスカリバーよ、今まで世話になったな。
「サンクスだ。
「最後にもうひと働きしてくれよ。

体勢を立て直したラシアリの、金属をも切り裂くような鋭角的な雄叫びと共に、魔法による猛反撃が始まった。

「In Vas Por!(Earthquake) -- Vas Ort Grav!(Chain Lightning) -- Flam Kal Des Ylem!(Meteor Swarm)

大地は揺れ、無数の雷と、燃える隕石が降り注ぐ。

「きゃー!

「無茶苦茶やりおるわい!

オークたちは、傷つきながらも踊りを止めようとしない。

「雑魚かと思っていたが、やるな連中!

「見てて下さい。
「この剣でとどめを刺します!

青の騎士はラシアリに向かって走り出した。

「Kal Vas Flam!(Flame Strike)

「青!-- In Jux Sanct!(Magic Reflection)

ランクの低い分、珍幻斎の魔法の方が一瞬早かった。
炎の柱がラシアリを包む。

「今だ!

青の騎士はエクスカリバーを振りかぶると、ラシアリ目掛けて飛び掛かり、渾身の力で頭上に振り下ろした。

「きえええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!

エクスカリバーは蓄えた光を一気に放出しながら、ラシアリの頭から胴体まで真っ二つに切り裂いた。

「やった!やりおったわい!
「まさに一刀両断じゃ!

ラシアリの体はシューシューと音を立てながら、白い煙となって闇に消えていく。

「やった……
「ついにラシアリをこの手で……
「あっ!

エクスカリバーが、もはや修復不可能なのは、誰の目にも明らかだった。
輝かしい戦歴で、戦士なら知らぬ者のない歴史的名剣も、その生涯を終え、青の騎士の手の中で静かに砕け散った。


「遂に壊れてしまったのう。

「仕方ないです。また探します。
「剣は失いましたが、貴重な経験をさせてもらいましたから。

「RainBellは大丈夫か?

「私は平気です。

「体力使い果たしたじゃろう。

「聖職者は、ちょっと休めば、すぐ回復します。
「……それよりみうさん、その鼻もういいんじゃない?

「えっ? 「……あ、きゃー!忘れてた!

「脳天気なやつじゃ……

「恥ずかしいー!
「……って、あれ?
「……やだー!
「……どうしよう。

「どうしたの?

「針金が外れないんです……
「強く引っ張り過ぎて、鼻に食い込んじゃって……

「ありゃりゃ。ちょっとやり過ぎたか。
「紐が短かくて届かなかったのを、無理矢理引っ張ったからのう

「鼻が思い切り、吊り上がってるじゃないですか。
「何もここまでしなくても……

「みうさんも、今までよく我慢してたわね。

「この方が、オークに見えるかなと思って……
「えーん、どうしよう……

「紐を切ればいいじゃないですか。

「いや、この紐は特殊繊維で出来ているから、絶対切れんのじゃ。

「じゃあ、どうすればいいんですか?

みうは涙目だ。

「外す方法は、ひとつだけあるぞ。

「……どうするの?

「わしが、みうの鼻の穴をペロペロ舐めてやろう。

「……何それ?
「……意味わかんない!

「わしだけじゃ足りんな。
「長い時間、舐め続けなければいかん。
「例えばここにいるオークたち全員に、交代で1日中、休まず舐め続けてもらうんじゃ。
「そうすれば鼻がふやけて……

「……いやです!
「絶対にイヤ!

「だが、このままだと、本当に外れんぞ。
「それとも一生豚として生きるか?

「……それも嫌です!

「この物語のタイトルも、『聖職豚みうの冒険』にしなければならん。

「どうしてそうなっちゃうの?

「とにかく、相当な力で吊っているから、早く外さないと、元に戻らなくなるぞ。

「あーん、神さまー!
「いつも、こうなんだから……

そのとき、オークの長が近づいてきた。

「みう、ついにやったな。

「あ、オーク父ちゃん……ちょっと待って!
「これが外れないの……

「みうよ、それは外さなくていい。

「……?
「……どういうこと?

「この年で恥ずかしい話だが、俺はお前に惚れてしまったんだ。

「……え?

「おおっ!いきなり愛の告白じゃ!

「みうよ、俺はお前ほど美しい女を見たことがない。

「……そんな。
「いきなり何を言い出すんですか……

みうは、まんざらでもなさそうだ。

「その、縦にハの字になった、鼻の穴……
「何と高貴で美しいのだ。

「……は?

「うひゃひゃひゃひゃひゃ!こいつは面白い!
「みうよ、そいつは今のお前の顔が好きらしいぞ!
「まあ、オークじゃからな!

「何よそれ!

「みうよ、俺は本気だ。
「他の連中も、みんなお前の顔に見とれているぞ。

「絶世の美少女みう、オークたちのアイドルになる!
「……いやー、よかったのう。

「うれしくないです!

「頼む!俺の嫁になってくれ!
「もちろん、ずっとその顔でいてほしいのだ……

「そんなこと、突然言われても困ります。

「今すぐに、とは言わん。
「最初はお友達でもいいぞ。
「みうがその気になったら……

「今日中に結婚じゃ。早い方がいい。
「カウンセラーホールも、この時間なら空いとるじゃろ。
「人間とオークの歴史的な一瞬じゃ。
「生まれてきた子供は、やっぱりハーフオークとかに、なるのかのう。

みうは、オークと自分の顔を頭の中で合成してしまった。

「……やっぱり、だめ!

オーク坊やが、足下にまとわりついてきた。

「母ちゃん、今日の晩ゴハンは何?
「いや……あのね坊や。
「お姉ちゃんは、あなたのママにはなれないの……

あっという間に、坊やの目に涙が溜まった。

「どうして泣くのよー!
「私の方が泣きたい気分……

「これで決まりじゃな。

「勝手に決めないで下さい!

「オークよ、結婚についてのアドバイスじゃ。
「みうは性格受け身じゃから、自分から何かして来ることはないし、こっちから声をかけても、尻込みしてなかなか腰を上げんじゃろう。
「その代わりこの男について行くと決めたら、とことん従順かもしれん。
「あんな事とか、こんな事も、やりたい放題じゃぞ。うらやましいのう。

「何をアドバイスしてるんですか!

「そうか、わしらは邪魔じゃな。
「二人のことは、二人で決めればいいんじゃ……
「よし、わかった。みうとは、ここでお別れじゃ!

「どうしてそうなるの?

「さようなら、みうさん。
「今度会う時は、俺もっともっと強くなってますから。

「みうさん、元気でね。
「子供が出来たら、お手紙頂戴ね。

「みうよ、今まで世話になったな。幸せになるんじゃぞ。
「わしは別のおもちゃを探すことにしよう。
「……さあ青、RainBell、行くぞ。

「あーん、待ってよー!

【後日談】
ラシアリ討伐のニュースは、その日のうちにブリタニア中に知れ渡った。
皆、口々に青の騎士とRainBellの功績を称えたが、みうについては、別の意味で、人々の心に強烈な印象を残してしまったのであった。

*翌日のブリタニア新聞より
『白昼堂々 豚鼻で屋外散歩……昨日午後3時頃、若い女性が鼻を吊った状態で、ブリ市内を歩きまわるという事件が起きた。
この女性はブリを訪問中の聖職者みうさんで、同伴の老人と遊びに興じた挙句、そのまま外に飛び出したらしい。
面白がる子供たちや、吠える犬を従えて歩くみうさんの姿に、ブリ1銀前は一時騒然となった。
街のガード達もあっけに取られて、反応できなかったそうである。
みうさんは青の騎士氏とRainBell女史の知り合いで、直後のリッチ討伐に、たまたまではあるが協力。
オークとの友好にも一役買ったということもあって、ブリテン警察は今回に限り、大目に見るということである』

*数日後の男性向け情報誌・週間ブリテンの記事
表紙は、みうの顔(もちろん豚鼻)+巻頭カラーグラビア4ページ+独占インタビュー。

『みうは、鼻を吊られるのが大好きなんです。皆さん、お気軽に声をかけて下さいね』

「……きゃー何よこれー(泣)
「インタビューなんかしてないのに(怒)

「この表紙、本屋で一番目立っとったぞ。

「……(大泣)

(第2部完)